ガンジーの楽知ん研究にっし。

仮説を立てれば,毎日が実験室 ── 楽知ん研究,仮説実験授業,書評,長期投資etc.

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【Twitter】アカウント公開 

しばらく前(ブログの更新が滞っていたころ)から,
「ついったー」に “浮気” をしておりました。
(いま確認したら,8月30日からつぶやいてた)

んで,非公開設定のまま,
しばらくひとりでコソコソつぶやいたり,
mixiボイスに飛ばしたり,
色々とごしょごしょしていたのですが,
今回,公開アカウントに切り換えて,
ブログにも貼り付けることにしました。

理由は……「なんとなく」かなぁ。

深く意識化すると,いろいろ影響が働いている
ような気もするけど,まぁ,理由はなんでもいいや。

しばらく,実験です。

 ガンジー (@kimura_hitoshi)

ブログのサイドバー(いまは最下部)に
貼り付けしてみました。

&フォローしてくださる,もの好きな方,
リクエストも,ござれ。

ブログとは,すこし違う意識で書いて
(というか「つぶやいて」)います。

 ツイッター Follow Me
────────────────────────────────
[memo]
 ・道具(ハード)が,書き手の意識(ソフト)を束縛する
 ・インターネットでの実名性(の取り扱い)について

 なんとなくの問題意識(未整理)。
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変人私論 

世に変人はさほど珍しくないが、
変人であることに誇りと愛着を感じるところまで、
自らの変人性を昇華できる人物は、案外すくない。

同時に、「変人」が「集団の中での希少性」を意味するならば、
「変人であることに誇りと愛着がある」という事実自体が、
その者の変人性(すなわち希少性)を強化していくこととなる。
(つまりそんな奴は、めったにいない)〔起〕

君よ、まっすぐその道をゆけ。
まっすぐ進む者は、その分、遠くまで行ける
(かは、進んでみないとわからないが…)。〔承〕

しかし一方で、変人とは「ふつう人」がいて
初めて成り立ちうる規定であり、
その意味において、相対的な存在であることもまた、
忘れてはならない。
変から見れば、へんがふつーで、ふつーがへんなのだ。〔転〕

ところで、変人について頼まれもしないのに
熱く語ってしまう人物がいたら、
それはやはり、変人だろうか? 〔結〕

 ──後輩(変人)へのメール。

〔キロク〕にんじん栽培 

5月11日(火),ハヤシライス製作時に開始。

3日目
3日目。

4日目
4日目。

5日目
5日目。

窓際で栽培中
10日目,こんな感じで

11日目
11日目,今朝のようす。
 だいぶ,わさわさしてきた!

「意志的性善説」~Open Minded 

あと1日でGWに“たどりつく”~。ぐえーぐえー。
出勤前にこれを書いている。

  *

部署が変わると,当然,一緒に働く人も変わるわけで,
その時の,付き合い方・信頼関係を築いていくコツは

 「性善説に立つこと」

ではないかと思う。

人間はそんなにきれいじゃないし,ずるっこい部分もあるけど,
それでも,とりあえずこの人はいい人だ,
という前提から入った方が,相手も自分のことを
「この人はいい人……かも?」と思ってくれる可能性は高まるだろう。

人間関係は,相互作用のフィードバック系なので,
最初に+方向の正の循環に入れば,あとはうまく回りやすい。

無論,たとえば治安の悪い世界,強盗や殺人がフツーにある世界で,
「性善説」なんてナイーブなこと言ってたら,
あっという間に殺されてしまうわけであるが,
すくなくとも

・現代日本において,
・仕事する上での人間関係において

は,原則,性善説に立って人間関係に入っていくのは,
有効だろう,と思う。

「性善・性悪」という人間の本質論*よりは,
自分がどういう態度をとるか,という「スタンス」の問題として。

 信頼をかちとるには,自分から相手を信頼すること。
   A          B

Aは,相手が決めること。
だから,自分にやれるのは,Bだけ。

逆に,Bだけやれば,大抵の人はAしてくれる性質が,
ヒトにはある。

ヒトは,性善でも性悪でもない。
「状況に応じて両者の対応を発現させ分ける能力が,ヒトにはある」
という表現が,もっとも真実に近いんではないかなぁ。
(いや,そう書いたら,そりゃ当たり前か……(^^;))

  *

ではでは,本日もお務めに行ってまいります!

[4/29追記]
20101125s.jpg
ずみまぜん冨樫先生,大好きでず。


[5/1追記]
このスタンスを支えるのは,
 ・想像力(ひょっとしたら○○なのかもしれない)
と,
 ・実験すむまであきらめず/勝手な思込みは禁物
の2つかと思う。

あとは,
 ・いちばん大事なものは,人それぞれ
もあると,よりなめらかかしらん。

何もない人生は、/耐えがたき存在の 

 / 何もない人生は、
 / むなしいと思うかい?

──本当は,「きょうも生きのびた」というだけで人間は勝利なのに,
  この国ではその他にいろいろ要るんですよ,
  生きがいとか恋愛とか,老後の安心とかね。

  (この社会が)個人に強要してくる。
  それは不健康だと思ってたんです。

村上龍対談集 存在の耐えがたきサルサ (文春文庫)村上龍対談集 存在の耐えがたきサルサ
(文春文庫)

(2001/06)
村上 龍


何もない人生は,むなしいと思うかい?

【memo】法学のオモシロサについての覚書き 

Viva 連休!(^o^)♪
みなさまいかがおすごしですか?

さて,いまの仕事は,法律が関わることもしばしば。

が,理系出身のわたくしは,
大学で教職課程の「日本国憲法」をとったくらいで,
今まで,きちんと法律を学んだことは,全くない。
 (なお,教職は中途挫折したw)


先日,研修でいろいろケーススタディをしていて,
ようやく,すこしおもしろみがわかったので,メモ。


●今までの法律のイメージ
 ・わかりにくい条文(わざと書いてるんじゃねえか,これ)

 ・読んでも,実務的なことはさっぱりわからないから,
  あんまり意味がない
 (仕事上関係してくるような実務上の運用は,基本的に
  「細則」等々に規定されているものらしい)

 ・所詮はヒトが便宜的に設定したルール
  決め方でどうでもなるのだから,詳しく勉強してもあんま意味ない


●すこしわかったおもしろさ
 ・こまかい条文を追うことよりも,
  その法律の設計された「目的」(設計者の「意図」)をおさえ,
  それをもとに「そのためには,ここはこうであるはずだ」と
  予想を立てて読むと,論理パズルのようで,おもしろい


とにかく,こまかい条文の暗記みたいなのはつまらん耐えられん,
と思っていたのだが,設計者の「意図」を追っていくと,
きちんと対話が発生し,初めて,おもしろみを感じることができた。

制度設計者側(つくる側)の視点に立って考えて,
設計の意図を追っていくと,おもしろい。
それなりの論理にのっとって,きちんと,
条文(パーツ)をうまいこと組み合わせて設計されているし,
明らかに「こいつは設計上のチョンボだろ」と思われる部分もある。

もちろん,ヒトがつくるものだから,欠陥がないわけないし,
社会状況は刻々と変化するから,
設計当時にそれなりに最適な解でも,
うまく機能しなくなっていくことは当然,あるだろう。
常に,法律は現実の後追いになるはずだ(?)。 (←これウソかも)

そのへんに,法学を学ぶおもしろみがあるのかな,と思った。


  *

[追記]
 あと,ルソーとかモンテスキューとか,あのへんまでさかのぼると,
 また違ったおもしろさがありそうで,一度べんきょうしてみたいと思っている。
 「自然人」とか「法人」とか,社会契約とか,今の社会では
 勝手にアタリマエ・前提にされちゃって,きちんと解説されることがあまりないもの。

こまかい話には,やっぱりあんまり興味がなくて,
常に,私の指向は原理的なところへ向かっていく。
 (これは中学高校生のころから変わらない私の指向/嗜好)
 (なぜならそれは「自由」へとつながっているから,なのだろうなぁ)

こまかい勉強じゃなくて,そのへん(法学の本質的なこと)を
感動的に学べる本があったら,オススメ教えてください。

【質問】たとえ給料がもらえなくても,あなたはそれをするか? 

2コ前で「科学は心に訴えるものがないか?」という記事を書いて,
私のブログにしては珍しく(笑)コメント欄がもりあがったのだけれど,

その中で,
「現代の科学研究は,体制化・専門化して,こまか~い研究が増え,
  つまらなくなってしまった」
という私の主張に対して,異論があるとのことであった。

で,ちょっとズレるが,

 「ある人が,それを本当に好きで,おもしろがってやっているか」

は,

 「給料がもらえなくても,それをするか」

で,判定できるのではないか,と思った。

それが単に「体制」で「“大勢”」だから,それをしているのか?
それとも,みずからのたのしみの中で,それをしているか。


もし「給料もらえないようなら,いまの研究テーマはやらな~い」
というような,覇気も情熱もない人だったら,私は,お金を出したくない。

逆説的になるが,

 「給料もらえなくても,私はこれをやる。
  私は,これをすることが好きで,これが,私の生き甲斐だからだ」


という人になら,いくらでもお金出して,援助したい。

 「あなたの気の済むまで,とことんやってください!
  そのために必要なお金なら,ここにありますけぇ!!」

と応援したい。(いや,そんなお金ないけどね(笑))(今はね)
そういうものじゃないか,と思う。


  意志に,人は惹き付けられる。
  燃やせ,情熱の灯を。


別段,職業研究者に限らず,そういう情熱をもって
イキイキと,たのしく「自分の人生を生きる」人が,もっと増えたら,
どんなに世の中が暗くても,それは,よい世の中だと思う。

意志や信念をもって真剣に生きてる人って,
やっぱりカッコいいし,
どんなに飾り立てたオシャレよりも魅力的だ。


そういう人に,もっともっともっと出会いたいし,
自分も,そういう種類のジンブツでありたいものだ。


  たとえ給料がもらえなくても,あなたはそれをするか?
  (Show me your priority. あなたの優先順位を示せ)

 

この記事はあまりに落ち着かないため,記事削除のうえ欠番としました。

 2010.2.21 管理者

【つれづれ】「自分の居場所はたたかって勝ち取れ」 

西原理恵子『毎日かあさん3』,
あんぱんマンの作者やなせたかしとの対談より

やなせ:生きていくっていうのは,満員電車に乗るようなものでね。その中で自分の席を見つけるということなんですよ。満員でも,まず無理やり乗っちゃうこと。そして,降りたらダメ。乗ってさえいれば~(中略),少なくとも終点近くで席は空くもんだ(笑)。

サイバラ:私なんか,席が空くのを待てずに,勝手に補助席出しちゃった(笑)
そのスキマの席で認められたから,~~
(太字は引用者による)

 「たたかって自分の居場所をかちとる」ということは,
  社会の中で生きていく上で,
  たいへん大事なファクターである


という主旨のことを,岡本敏子さんが言っていたのだが,
就職して働いてみて,「そのとおりだなぁ」と
やや嘆息気味に実感すること,しばしば。


やさしさや繊細さだけでは,人生やっていけない。
人それぞれ,自分の生活があって,家族があって,
立場があって,背負ってるものがそれぞれ違う。

だから「守りたいもの」
(いちばん大事にしたいモノ・ヒト・コト)は違って,
利害が食い違うのはアタリマエ。


誰だってラクしたい,幸せになりたい,家族を幸せにしたい。
自分が幸せになりたい。

社会は人であふれて,みんな必死に生きている。
「ひしめきあって」いる。


だから,自分もその中にいて,
「はいはい」と素直に言うこと聞いてるだけでは,
つぶ(さ)れてしまう。

たとえ下っ端でも,年少でも,若造でも,
立場・領土・ナワバリ・陣地(=「自分の席」)は,
自分でたたかって,主張して,獲得して,守る。


人生がそれだけになってしまったら,
けっこうつらい,悲しいけど,
でも(/だからこそ),「たたかって主張していくこと」も
人生では間違いなく必要だ。そういう場面は,ある。


それをしないでも飢え死にしないで済んでいた私
(あるいは済んでいる「あなた」)は,
学生時代は,逃げ場と,庇護者(親)がいたからだ。

親が,毎日外へ出てクタクタになるまで働いて=たたかって,
家を借り/建て,食料を持ち帰ってきてくれていた(ている)からだ。

つまり,「守ってくれていた(いる)」からだ。

 …… ,,,


うーん,話がまとまりきらない。
ので,この項,続く(もしくは追記)。

※引きこもりの少年くんは,
 ここだけ読んで鬱にならないように(笑)。


今日の午後と,明日も仕事っス。
さー,カイシャへ,いってきまっする。お仕事,お仕事。


────────────────

毎日かあさん3 背脂編毎日かあさん3 背脂編
(2006/04/27)
西原 理恵子

大事なものは,
たたかって守れ。

History repeats itself. 

「ハリーポッター あずがばんのしゅーじん」を
観ていたら,計算が完了したらしく,

 ちーん!

と鳴って,答えが出た。

歴史は繰り返す。きもちわるいくらいに。
私が,それを引き寄せているのか。

私は神秘主義者ではないが/ので,時々ハマる落とし穴。
それは罠? はたまた,幸福への道しるべ?


いまは,これ以上書けない。
明日の朝,自己検証する。

おやすみなさい。


────────────+
翌日の追記

翌朝,検証。
蒸し暑さでアタマがおかしくなっていたらしい(笑)。
明らかに,考え過ぎ。

でんぱなことを書いてしまったわ,よよよん。
でもまぁ,おもしろいので,残し。
基本,削除はしない主義だ。バカね。

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