ガンジーの楽知ん研究にっし。

仮説を立てれば,毎日が実験室 ── 楽知ん研究,仮説実験授業,書評,長期投資etc.

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「意志的性善説」~Open Minded 

あと1日でGWに“たどりつく”~。ぐえーぐえー。
出勤前にこれを書いている。

  *

部署が変わると,当然,一緒に働く人も変わるわけで,
その時の,付き合い方・信頼関係を築いていくコツは

 「性善説に立つこと」

ではないかと思う。

人間はそんなにきれいじゃないし,ずるっこい部分もあるけど,
それでも,とりあえずこの人はいい人だ,
という前提から入った方が,相手も自分のことを
「この人はいい人……かも?」と思ってくれる可能性は高まるだろう。

人間関係は,相互作用のフィードバック系なので,
最初に+方向の正の循環に入れば,あとはうまく回りやすい。

無論,たとえば治安の悪い世界,強盗や殺人がフツーにある世界で,
「性善説」なんてナイーブなこと言ってたら,
あっという間に殺されてしまうわけであるが,
すくなくとも

・現代日本において,
・仕事する上での人間関係において

は,原則,性善説に立って人間関係に入っていくのは,
有効だろう,と思う。

「性善・性悪」という人間の本質論*よりは,
自分がどういう態度をとるか,という「スタンス」の問題として。

 信頼をかちとるには,自分から相手を信頼すること。
   A          B

Aは,相手が決めること。
だから,自分にやれるのは,Bだけ。

逆に,Bだけやれば,大抵の人はAしてくれる性質が,
ヒトにはある。

ヒトは,性善でも性悪でもない。
「状況に応じて両者の対応を発現させ分ける能力が,ヒトにはある」
という表現が,もっとも真実に近いんではないかなぁ。
(いや,そう書いたら,そりゃ当たり前か……(^^;))

  *

ではでは,本日もお務めに行ってまいります!

[4/29追記]
20101125s.jpg
ずみまぜん冨樫先生,大好きでず。


[5/1追記]
このスタンスを支えるのは,
 ・想像力(ひょっとしたら○○なのかもしれない)
と,
 ・実験すむまであきらめず/勝手な思込みは禁物
の2つかと思う。

あとは,
 ・いちばん大事なものは,人それぞれ
もあると,よりなめらかかしらん。

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「手のひらの花」 

仕事(何かを生み出したり,
すでにあるものに価値を付け加えたり,
誰かに価値を提供したりすること)するときに,
「大きさ」を気にする必要はないと思う。

最初から大きい仕事なんてできないし,
自分のやってることが本当に社会や誰かに対して
適合的価値があれば,
評価は後からついてくるもんだと思うし,
また,大きくなりすぎない方がいろんな点で都合が
よかったり,かえって自由にやれることも,
世の中にはたくさんあるからだ。

それよりは,

 ・自分がどれだけ,その挑戦に対して燃焼できるか,
 ・どれだけ質の高いものをそこに込められるか,
 ・「ちせつ」でいいから自分の全力を尽くせてるか,

そういうことごとだと思う,気にすべきは。

すくなくとも,ここ数年,
自分はそういうスタンスで仕事してきたし,
それで生まれた生産物たちは,
今から見返すと稚拙で恥ずかしくても,
1つ1つが,いとおしい成果だ。

その時その時の自分の問題意識や目的意識が,
それらを見ると,なつかしさを伴って鮮明によみがえる。

(当時のものが稚拙に見える,ということは,
 裏返して,〈成長の証〉でもあるだろう)

   *

規模や,社会的名声を求めるのではなく,
大きさを気にせず,「自分」と「自分のまわりの,価値を届けたい人」
を大事にシゴトすること。

それは,「父のおかした誤謬を息子が乗り越えたのだ」
と思っているし,
「高度成長期と成熟経済期の違いだ」とも思っているのだが,さて……

   *

 「仮説を立てれば,毎日が実験室」
 「おもしろき こともなき世を おもしろく」

つらつら考えつつ,今日もぼくは,仕事をする。

働く理由 99の名言に学ぶシゴト論。働く理由 99の名言に学ぶシゴト論。
(2007/07/12)
戸田 智弘



何もない人生は、/耐えがたき存在の 

 / 何もない人生は、
 / むなしいと思うかい?

──本当は,「きょうも生きのびた」というだけで人間は勝利なのに,
  この国ではその他にいろいろ要るんですよ,
  生きがいとか恋愛とか,老後の安心とかね。

  (この社会が)個人に強要してくる。
  それは不健康だと思ってたんです。

村上龍対談集 存在の耐えがたきサルサ (文春文庫)村上龍対談集 存在の耐えがたきサルサ
(文春文庫)

(2001/06)
村上 龍


何もない人生は,むなしいと思うかい?

17日(にちようび)の日記(月中報告)3/3 

新瑞橋付近
新瑞橋(バスターミナル裏手)土手から。

  *

さて,それで,今年はその方向で進むことを
静かに模索してみたいと思う。

今年1年は,メーリングリストとは,すくなくとも心理的には,
やや距離を置くような形で付き合ってみようと思う。

ただし,NPOの理事になっちゃってるのと,ホームページの担当がある点が
あるので,そこは,シゴトとしてきっちりやる(つもりだ)。

その先……
 は,ついに「通過/卒業」「出門」するのかもしれないし,
 自分の位置をどかっと確立した上で,
  まだコミットを続けるのかもしれない。
後者になったら,穏やかに,のんびり付き合えるようになるだろう。

どちらでもいい。
どちらになるかは,まだわからない。


予定は未定。
さて,そう描いた絵のとおりに進むはずもないのである。
状況は,つねにたゆたう。人生なら,なおさらである。

   *

久しぶりに一気にブログを書いて,今日の更新は,おしまい。
明日は打ち合わせです。ドキわく。

 #うまくいくといいなー。
  うまく進めば,ゴールデンウィークはこのシゴトをします。
    # いろいろ,せわしのない人だな…。

17日(にちようび)の日記(月中報告)2/3 

教会の花壇の花
キョー会の花壇で咲いていた花。

  *

社会に出て,今年で4年目になる。

つまりマル3年が過ぎて,ここのところ,徐々に,
「自分なりの問題意識」の芽ばえが起りつつあるのを感じる。

自分は,教員にはならなかった。
だから,仮説実験授業を教室で実施することはありえないし,
たのしい授業を研究することもない。

1700年代のたのしい科学の伝統を,科学史まで含めて
掘り下げて,現代によみがえらせる
のが仕事かというと,
それも,またちょっと,違う。
That's not what I want to do. というかんじ。

かわりに,自分には自分の「現場」が,
すこしずつできてきたし,
その中で,

 自分にしか解けない問題,自分が解くべき問題,
 自分だったら解けるかもしれない問題,

そういうものが,だんだん見えてき……そうな予感がある。
まだおぼろげだけどね。 もうすこし,もうすこしで……。

「何かを掴みかけ」ているのだ。
服務して3年すぎて,
──大学時代から起算すれば9年近くかけて,
ようやく,そういうとこまで,来つつある。

今いる組織でも,優秀なやつはたくさんいる。
しかし,それでも,ぼくにしか解けない問題があるとしたら,
それは…。
・・・・・・
そういう問題に出会える瞬間を,たのしみにしている。
きっと,出会えると思う。

出世がしたいわけではない。
ただ,いつか「解くのがおもしろい仕事」がしたい。

  *

 #体力も「つら」もないわたしゃ,
  いつの頃だったか,ノーミソでメシ食うと決めた。

  というのは,それが自分に与えられた,
  もっとも「比較的有望」な資源だったからだ。
  他に選択の余地はなかった……と思う。 ……たぶん。

17日(にちようび)の日記(月中報告)1/3 

真好天神

日曜日,市博物館へ(目的はオルメカ展ではなく常設展)。
のち,桜山から新瑞橋まで,iPodをお供にぶらり散歩。

神社の境内に穏やかな日差しが落ちていた。

   *

4年目に入って2週間が経過した。
思ったより早く,新しい仕事には慣れつつある。

前の仕事よりも,動くパラメータが多い仕事なので,
全体の流れ(事務フロー)を把握するのが少し難しかったが,
なんせ今までも隣のシマで,うっすらとは見ていた仕事なので,
飲み込みは新人さんよりは早い。急速にインストールが進んでいる。

3年間の経験を生かせる部分や,
相似形で類推を適用できる部分も多い。
クレーム対応も多いシマだが,
自分なりのおもしろさを見つけてやれると思う。

いちばん緊張したのは初日と2日目で,
以降は,余分な緊張は漸減傾向。

つまり今のところ,順調,といってよいだろう。

 #おかげさま。
  ありがたや,ありがたや。

「自分の中に毒(流されない己)を持て」 

・規則を守るためにヒトがいるのではない。
 ヒトを幸せにするために,規則はある。

・規則や規制は,原則,常に現実に対して後追いしかできない。
 したがって,規則や規制が現実に合わせて変化するまでには,
 常にタイムラグが生じる。

・そのラグ期間に対して,そのギャップを埋めるために,
 自己の判断において,できうる限りの対応をとるのは,
 仕事するものとしての基本的責任である。(と思う)

・その目的を忘れて,規則を守ることが目的化する
 (規則を守ること自体によろこびを見出すようになる)ような
 シャインは「かす」である。

組織(わりと大きめ)の中で働いていると,
そういう壁や周囲からの社会的圧力にぶつかることは,
しばしば,ある。

その度に,原点に立ち返る。
屈したら,自分が自分じゃないもん。
そんな敗北は,魂の死だ。

状況に応じて妥協はする。
しかし理想を捨てたら,生きていくのがつまらん。

───────────

発想法かるた<br /> (ものの見方考え方シリーズ 2)発想法かるた (ものの見方考え方シリーズ 2)
(1992/04/10)
板倉 聖宣


  +

自分の中に毒を持て<br />―あなたは“常識人間”を捨てられるか (青春文庫)自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか (青春文庫)
(1993/08)
岡本 太郎



2冊同時に読むと,だいたいぼくのようになります。

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