ガンジーの楽知ん研究にっし。

仮説を立てれば,毎日が実験室 ── 楽知ん研究,仮説実験授業,書評,長期投資etc.

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対立と力積と信頼関係 

チーム内で,
仮に,Aと同僚B,あるいはAと上司Gが
いがみ合っているとする。
2人はしょっちゅう,激しい話し合いをしているとしよう。

その時,どこで対立しているのかで,その意味は,全然違う。

 1.考え方のレベルで食い違いか,
 2.把握している情報の差で,判断が分かれているのか,
 3.あるいはもっと単に,感情的ないがみ合いなのか。

2なら,解決は比較的容易である。
なにがギャップなのかを把握して,認識をすり合わせる努力をする。
目的地が共有できているなら,
情報さえ共有すれば,判断は,ほぼ同じ地点に着地するはずだ。

1は,すこし難しい。
目指す目的地が異なれば,交通手段の選択の前に,
きちんとディスカッションをして,
目的地のすり合わせをする必要がある。

3は,1や2がディスコミュニケーションして,
すでにこじれてしまった場合に,付帯することが多いようだ。
ここまで行くと,どちらかが異動か病休でもするまで,
解決をみないことも多い気がする……。

   *

ともあれ,よくある誤解だが,
必ずしも,すべからく,争いを避ける必要はないと思う。

職場のチームは,「仲良くすること」が目的ではなく,
「与えられた役割・責務に対して,機能を最大化する」
のが目的である。

だから,対立した方が,いい仕事ができるなら,
存分に対立した方がいい場合もあるし,
逆に,対立が組織としての効率(パフォーマンス)の低下を
招くなら,その紛争は,無用かつ不益である。
あるいは,早く終息させるべきだ。

  *

「甘え合い」「なぁなぁ」の和気あいあいではなく,
各自がプロ意識をもって自立し,
やくどころをキッチリ果たしあう中での,
お互いへの尊敬と信頼と,程良い緊張感で結ばれた「仲の良さ」
ーーそれは,判断わかれた時には,
   遠慮なく議論できることや
    必要ならぶつかり合えることも含めて

そういう,いいチームを,今の部署でつくりたい。

  *

こう書くと,まるで管理職のようだが(^^;),
(同期からのあだ名は「係長」なワタクシ……)
ヒラの立場でも,
構成要素としてチーム全体に〈プラスの影響〉を与えることは,
十分,可能であると思っている。

いまの部署は,1年限りの契約のつもり(勝手に)なので,
1年で,どこまでやれるか。
実験結果は,残りあと10か月後に,出る。

いまは静かに,そのタネをまいている。


 全力疾走。
  だがしかし,静かに力積,力積……

事務職と青山(せいざん) 

テレビの「Style+」で,
仕事人列伝,釣りざお職人のことをやっていた。

驚嘆すべき正確さで,すべての作業が緻密に仕上げられていく。
曰く「全て無心です」と。

昔は,こういうのは,ひたすら驚嘆の対象だったが,
今では,すこし,そういう感覚もわかる。

レベルは違うが,事務職でも,
ずっと端末と向き合っていると,そのシステムと,
自然に,「完璧に調和」?シンクロできるようになってくる。
(だいたい,1年くらいはかかる)

システムのクセや,端末のパソコンの処理速度や,
そういった全てが,身体感覚として既に蓄積され,
かつ,処理するパターンごとに,全ての「こちらの動き」も
カラダでおぼわっている時,
その動きや処理速度は,「芸術」的なレベルまで,高まる。

感覚としては,
戦闘機乗りが,自分の飛行機を「愛機」と呼ぶ感覚に近いのかなぁ。

テンキーをたたく速度とかは,ピアノの名手の能力に近い。

さらに,システムで処理しきれない部分を,
手補正したり,紙出力したものにねじ込んだり,
(ねじ込み,ひねり込み)
そういうことまで含めて,1~3年くらいやると,
仕事が職人的になる。

そういう時の,
全てがうまく仕上がった時の快感は,なかなかすばらしい。
達成感と全能感があり,官能を感じる。

  *

考えてみれば,事務職も「職」である以上,
極めればそれは「職人」である。

職人というと,テレビやマスコミのイメージで
「手仕事」という感じが強いが,
事務職だって,職人にはなれるのだ。

 ジンカン,青山至ル所二有。

世間で一般には「非クリエイティブ」だと思われている
事務職にだって,職人への道はひらかれている,と思う。

そういうことを指摘してる文章って,
見かけたことないなぁ,と思ったので,書き留めてみた。

めし

自由と規律 

自由に生きるなら,規律が必要だ。
人一倍強く気高く,己を律する規律が。

誰かや、既存の規則に判断を委ねず、
自分で判断することを選ぶなら,
自分の判断が「凶器」にならないように,
人一倍,賢明で,慎重で,
思慮と配慮に満ちていなければならない。

その上で限界「ぎりぎり」を攻めたところに,
自由の躍動や「かっこよさ」の成立がある。

そういう仕事,動き方をする者に,どういう分野であっても,
人は驚き,感動し,惜しみない評価を与えるものだ。

自己規律をおろそかにして,自由はありえない。

「手のひらの花」 

仕事(何かを生み出したり,
すでにあるものに価値を付け加えたり,
誰かに価値を提供したりすること)するときに,
「大きさ」を気にする必要はないと思う。

最初から大きい仕事なんてできないし,
自分のやってることが本当に社会や誰かに対して
適合的価値があれば,
評価は後からついてくるもんだと思うし,
また,大きくなりすぎない方がいろんな点で都合が
よかったり,かえって自由にやれることも,
世の中にはたくさんあるからだ。

それよりは,

 ・自分がどれだけ,その挑戦に対して燃焼できるか,
 ・どれだけ質の高いものをそこに込められるか,
 ・「ちせつ」でいいから自分の全力を尽くせてるか,

そういうことごとだと思う,気にすべきは。

すくなくとも,ここ数年,
自分はそういうスタンスで仕事してきたし,
それで生まれた生産物たちは,
今から見返すと稚拙で恥ずかしくても,
1つ1つが,いとおしい成果だ。

その時その時の自分の問題意識や目的意識が,
それらを見ると,なつかしさを伴って鮮明によみがえる。

(当時のものが稚拙に見える,ということは,
 裏返して,〈成長の証〉でもあるだろう)

   *

規模や,社会的名声を求めるのではなく,
大きさを気にせず,「自分」と「自分のまわりの,価値を届けたい人」
を大事にシゴトすること。

それは,「父のおかした誤謬を息子が乗り越えたのだ」
と思っているし,
「高度成長期と成熟経済期の違いだ」とも思っているのだが,さて……

   *

 「仮説を立てれば,毎日が実験室」
 「おもしろき こともなき世を おもしろく」

つらつら考えつつ,今日もぼくは,仕事をする。

働く理由 99の名言に学ぶシゴト論。働く理由 99の名言に学ぶシゴト論。
(2007/07/12)
戸田 智弘



「自分の中に毒(流されない己)を持て」 

・規則を守るためにヒトがいるのではない。
 ヒトを幸せにするために,規則はある。

・規則や規制は,原則,常に現実に対して後追いしかできない。
 したがって,規則や規制が現実に合わせて変化するまでには,
 常にタイムラグが生じる。

・そのラグ期間に対して,そのギャップを埋めるために,
 自己の判断において,できうる限りの対応をとるのは,
 仕事するものとしての基本的責任である。(と思う)

・その目的を忘れて,規則を守ることが目的化する
 (規則を守ること自体によろこびを見出すようになる)ような
 シャインは「かす」である。

組織(わりと大きめ)の中で働いていると,
そういう壁や周囲からの社会的圧力にぶつかることは,
しばしば,ある。

その度に,原点に立ち返る。
屈したら,自分が自分じゃないもん。
そんな敗北は,魂の死だ。

状況に応じて妥協はする。
しかし理想を捨てたら,生きていくのがつまらん。

───────────

発想法かるた<br /> (ものの見方考え方シリーズ 2)発想法かるた (ものの見方考え方シリーズ 2)
(1992/04/10)
板倉 聖宣


  +

自分の中に毒を持て<br />―あなたは“常識人間”を捨てられるか (青春文庫)自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか (青春文庫)
(1993/08)
岡本 太郎



2冊同時に読むと,だいたいぼくのようになります。

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